世界遺産に登録された「軍艦島」。東京ドーム5個分の島。かつて、5200人が暮らしていた面影を追いつつ、廃墟の持つ独特の雰囲気に飲み込まれてきました。本日は「軍艦島」のお話です。

sponsor

 

今まで行って良かった旅行先の話になると必ずあげる長崎県。

語りつくせぬ程の良さがありました。

その中でも大きな目的の一つであった「軍艦島」について書きたいと思います。

まずは簡単なアクセスから。

多くの人がグラバー園に寄ると思うのですが、そこから徒歩15分ほどで港に着きます。

軍艦島はツアーに申し込んで上陸するタイプのものです。

大人-3600円

中高生-2800円

小人-1750円

が相場で5社がツアーを組んでいますが、会社により多少の前後があります。

席が埋まってしまう場合もあるので、事前の予約をおすすめいたします。

私は、NPO法人「軍艦島を世界遺産にする会」の理事長さんの

ガイドが聞きたかったため、「シーマン商会」に決めました。

周遊上陸コース。午前と午後の1日2便が運行されています。

周遊時の説明も面白かったのでシーマン商会にして正解だったと思います。

そして、ここからが運なのですが。

上陸できるか否かは、天気次第となっています。

晴れていても波が高いと難しいこともあるようで、かなりギリギリで上陸できました。

当然ながら老朽化が進んでおり、危険な場所もあるため

ツアーで回ることができるのは、ほんの一部分。

それでも、実際にその場に立ち

海風を感じながら踏みしめる島は

想像していた以上の感動をもたらしてくれます。

写真はかつてベルトコンベアー。通常のスケールではないのですごい迫力です。

それにしても潮風が当然ながら強く、真水はどうしたのだろうという

疑問が湧いてきます。

なんと、海底水道ができるまでは

女性が毎朝運んでいたそうです。

ライフラインとして重要であった水は、大切に使われていたのですが

そんな中やはり人は緑を求めたという話を聞きました。

大切な水を使ってでも、草木に水をやっていた。

人の暮らしにとって草木という存在がいかに重要であるかを教わりました。

そして、かつての草木の恩恵でしょうか、苔のようなものが生えていました。

無骨なコンクリートに緑が映え、確かにそこに生活があったことを

物語っていました。

大正5年に建てられた地上7階建てのマンションは

昼だからこそ気持ちよさそうに見えますが

夜の漆黒の海を目の前にした時、恐怖との戦いだったのではないかと思われます。

当時の三種の神器であった、テレビ、洗濯機冷蔵庫を所有していることに

焦点をあてると豊かと言える一方で

学校に校庭はなく、ひしめき合う生活。

果たして幸せだったのでしょうか。

人が家に暮らすということ。

そのもの自体への問いかけに一つの暮らしの在り方として

提示してくれる軍艦島。

この先も私たちの生活の基盤として、ヒントを与え続けてくれると思います。

現在、軍艦島の鉄筋コンクリートは老朽化の研究対象として

これからも私たちの未来に役立ってくれます。

廃墟として見るだけでなく、当時の生活を想像し

これからの軍艦島を見守っていきたいと思います。

シーマン商会


Posted by:suimon39

水紋のように、日々静かに広がる楽しみを味わいます。建築、本、美術館、映画、カメラ、グルメが好きです。

コメントを残す