最初の案を覚えていますでしょうか。私は、オリンピック自体にも興味がありますが、それ以上に建築に注目をしていました。コンペを勝ち抜いたザハの案。本日は、弔う気持ちでザハ・ ハディドの案についてのお話です。

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写真は二年前のイタリア旅行の際に写したものです。

この建築旅行の大きな目的の一つがここでした。

ザハ・ ハディド氏が設計した「イタリア国立21世紀美術館(MAXXI)」。

体感することではじめて意味を持つと思う建築でした。

ザハ・ ハディド、設計、イタリア国立21世紀美術館(MAXXI)

私は、中でも手すりに感動を覚えました。

手すりの持つ意味を考え直すきっかけをもらった気がします。

ザハ・ ハディド、設計、イタリア国立21世紀美術館(MAXXI)

ザハ・ ハディド、設計、イタリア国立21世紀美術館(MAXXI)

素晴らしい空間体験を前に、

伊東豊雄氏の模型があることを見逃してしまいそうでした。

伊東豊雄、模型、イタリア国立21世紀美術館(MAXXI)

因みに、日本の建築家さんのものはたった一つでした。

さて、本題はここから。

オリンピックのザハ・ ハディド氏の案について。

私は、発表された当初

とてつもない興奮と共に日本にも誇れる建築が増えると

喜びを噛み締めていました。

何故なら、ザハ・ ハディド氏の建築が日本に建つなんて

夢のまた夢だと思っていましたので。

しかも、オリンピックというメモリアルな機会ということで

これから先、日本を訪れる旅行者も増えるでしょうし

ザハ・ ハディド氏の案に決定したことも

同じ日本人として誇らしかったのです。

しかし、その後がかなり良くなかったです。。

お金がどうとかいうニュースを見ましたが

理由は曖昧で、

最後まで、この案が流れた明確な理由が述べられることはありませんでした。

もし、建っていたら明らかに他では出来ない空間体験が待っていたはずです。

多くの人を魅了し、ずっと残る建築になることは目に見えていました。

日本に行けばあの建築があるのね!という会話まで容易に想像出来ました。

そして、更に悲しいことに

ほどなくしてザハ・ ハディド氏が亡くなりました。

悔やんでも悔やみきれません。

ザハ・ ハディド氏の建築が日本には建つ可能性が0%になった瞬間でもありました。

あまりのショックで、オリンピックへの気持ちが極端に盛り下がりました。

下ににザハ・ ハディド氏の動画を貼っておきます。
東京オリンピックについて触れいてるので是非。


私はこの気持ちを晴らすべく、

ザハ・ ハディド氏の建築についてこれからも

もっと知っていこうと思います。


Posted by:suimon39

水紋のように、日々静かに広がる楽しみを味わいます。建築、本、美術館、映画、カメラ、グルメが好きです。

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